『開発的カウンセリングを実践する9つの方法』(栗原慎二/編著 ほんの森出版)


エピローグ 実践を共有財産に 栗原慎二

 2001年度に精神性疾患で休職した公立の小中高校の教員は、前年度に比べ11%増えて2503人となり、過去最高を更新したことが25日、文部科学省のまとめで分かった。病気休職者全体の48%を占め、ほぼ2人に1人の割合になっている。
 「学級崩壊や不登校への対応に追われている上、職場の管理強化も進み、ストレスが強まっている」と訴える教員も多く、「先生の心の病」の増加傾向には歯止めがかかっていない。精神性疾患の休職者が在職者に占める割合は0.27%と9年連続して上昇し、370人に1人の割合。病気休職者全体では前年度から306人増えたが、増加人数のうち精神性疾患だけで241人を占めた。(2002年12月25日 共同通信)
                    
 数日前、このニュースを耳にしました。我が国の教育が危機に瀕しているだけではなく、子どもたちも、そして教師も危機に瀕しているのです。その危機の中で、必死に踏ん張っているというのが教師の実情ではないかと思います。
 生徒数の減少により学校の教員定数が減少しても仕事自体は減りませんから、結局、教師一人ひとりの負担が増加します。学校週五日制の導入により、一般的な高校では授業以外の空き時間は計算上では約25%減少しています。かつての4分の3の時間で、これまで以上の校務と教材研究をこなしているのです。子どもたちとかかわる中でも昔と同じやり方では通用しなくなってきています。部活動を含めて熱心にやろうと思えば“サービス残業”が当たり前です。保護者からはあらぬ批判を受けたり理解されないようなことも多くなってきています。おまけに給料まで減っているのですから、愚痴の1つ、いや2つも3つも言いたくなります。
こうしたことは、教育を取り巻くさまざまなシステムを抜本的に見直す必要があることを示していますが、私たちの守備範囲は教育行政ではありませんのでここでは深入りはしないでおきましょう。

 教師の力はネットワークの力

 こうした時代に私たちに求められている力はどのようなものでしょうか。わたしは、これだけ時代が難しくなってきて、子どもたちの抱える問題も多様で深刻になってきている以上、一人の教師でそのすべてに対応できないのは、むしろ当然だと思います。教員はスーパーマンではありません。
 もちろん、そうした問題にある程度対処できるように研修を深める努力はするとしても、これからの時代は、そういう子どもたちに対して、必要な援助や指導は何であるかを見極める力と、必要な援助ができる人間のネットワークを作っていく力こそ教師の力だと思っています。
 もちろん、「どれだけの問題を抱えた生徒に対応できるから担任の力量」と考えている先生方にとって、他の人と連携するということは、自分の教師アイデンティティを揺るがすほどの出来事であるはずです。ですから、「連携を」と言ってもそうは簡単にはいきません。しかし、それは該当の生徒にとっても必要な援助が受けられないわけですから、担任が抱え込んだ状態というのは生徒にとって非常に不幸な状態です。教師はネットワークを作る力と、そのネットワークを生かす力を求められる時代になったのだと思います。

 教師自身も支え合いを

 ただ、不幸なのは子どもだけではありません。教師にとっても苦しくなる一方ですから、不幸な状態です。
本書で、ピア・サポートを取り上げました。生徒同士が支え合えるような資質を身につけ、最終的にはその生徒たちが現在および将来において所属する集団で、ちょっとした支えになれるような、そんな人間に育ってほしいという願いから生まれた実践です。 
 これは別に生徒にだけ当てはまることではありません。教師同士だってピア(仲間)なのです。「精神性疾患で休職した教員は過去最高」と言う状態が毎年更新されているような状況であるからこそ、「お互い、大したことはないけれど、できるところで支え合いましょうよ」という気持ちが欲しいものです。
 助けが欲しいときにはやせ我慢をするのではなく、「すまん、きついんだよ。助けてくれないかな」という自分の弱さをサラッと出せるしなやかさを持ちたいものです。きつそうに見える同僚がいたら、「Can I help you ?」とにこやかに言いながら、「大丈夫」と言われても「まあ、そう言うなよ」と言いながら勝手に手を出すぐらいのサービス精神を持ちたいものです。そして、サポートをしたときには「俺がSOSを出したら頼むぜ」とにこやかに言うぐらいの図々しさと、助けてもらったときには「サンキュー助かったよ。今度、ラーメンおごるよ」という財布の緩さを持ちたいものです。

 実践を共有財産に

 実は、この本を書いたメンバーは、埼玉県高等学校教育相談研究会(通称、高相研)の東部支部の理事と、私の勤務校である越谷東高等学校の同僚です。つまりお互いが「ピア」なのです。
 ことの発端は、高相研の理事が中心になって運営している地域での研修会が終わり、「反省会」(?)で大いに盛り上がっているときでした。高相研東部支部の研修会には、毎回たくさんの先生方が校務の合間を縫って参加してくださいます。その様子を見ていて、教育相談に対する期待の高さを感じるとともに、「何とかその先生方に、『教育相談を生かしていけば、たとえばこんなことができるんですよ』ということを示すことができないかなあ」という話になっていったのです。あとは話は早く「じゃあ、みんなの実践をもちよって1つにまとめよう。そして、先生方の実践に直接的に資することができるような、そんな本をつくろう」ということになったのです。 
それは、堅い言い方をすれば、もはや教師が個人事業主のような実践をする時代ではなく、地に足のついた実践をし、その実践を共有しなければ困難な状況に太刀打ちできない時代に入りつつあるという意識の表れです。柔らかい言い方をすれば、「結構、みんなおもしろいことやってるから、お互い教え合ったほうが得だよ」ということです。

 この本を読まれた方で、「カウンセリングって結構使えるし、おもしろいな」と思ってくださった方がいらっしゃれば、私たちとしては、本当にうれしい限りです。共に学校教育相談を学ぶ仲間として、刺激しあい、助け合い、成長していくことができれば、これ以上の喜びはありません。

 最後になりましたが、本書の何か所かにでれきた「埼玉県高等学校教育相談研究会」についてすこしだけ触れさせてください。
 この会は、古い歴史をもっていますが、はじめは有志の主体的な勉強会から始まったと伺っています。それが現在では公的な性格を持った団体となり、県全体の活動だけでなく、東西南北の各支部でも地道な活動をするところまで成長しています。
 本書の執筆者は全員がこの研究会に参加し、研修をしている仲間です。もし、この会がなかったならば、私たちも刺激を受けたり力をつけていく場がなかったことになります。出会うこともなかったことでしょう。もちろん、この本も出版はされなかったことになります。そう考えると、このような会が地域で地道に活動を続けていることの大切さを痛感します。
 また、会がここまで成長してきたのは教育相談の発展のために尽力された諸先生方の存在が非常に大きかったと思います。そうした先生方には、心からの敬意を表したいと思いますし、次は私たちが担っていかなければならないと思っています。
 聖書の言葉の中に「受けるより与えるほうが幸いである」という言葉があります。もし、教育相談に長くかかわっておられる先生がおられましたら、ぜひ、学ぶだけではなく、地域のネットワークを支えるために、先生の力を貸していただきたいと思います。そうすることが学校教育相談のよき歴史を継承し、発展させることになると思うからです。

 本書の出版に当たりまして、ほんの森出版の佐藤敏さんをはじめ、小林敏史さん、兼弘陽子さんには、企画から出版までていねいなご助力をいただきました。深く感謝いたします。



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