<森・黒沢のワークショップで学ぶ>解決志向ブリーフセラピー


 はじめに

 ここにテンコ盛りにされているのは、平成一一年八月に、東京・吉祥寺にて二日間にわたって行われたKIDS(Kichijoji Institute of Development Services)主催の夏期集中研修「解決志 向ブリーフセラピー初級」の内容をもとに、今回新たに加筆・構成し直したものです。教育・医学・心理社会的援助職についておられる先生方、およびこれから それらの専門職に就こうと思って勉強している大学院生たちの多くは、援助の基本となる「マニュアル」を渇望されています。
 私たちは、平成一〇年から本格的に一緒に仕事をするようになって、こうした多くの方々のニーズになんとかお応えできないものかと考え、今まで多くの(KIDSにおけるものだけでも年間一五本はあります)研修を持たせていただいております。心理療法やカウンセリングといっても、多くの流派・アプローチが存在しますが、その中でも何を提供することが最も皆様のお役に立てるのだろうかと考えたとき、私たちは躊躇なく解決志向ブリーフセラピー(Solution-Focused Approach SFA)を選びました。
 その理由の一つ目としては、それが私たちの実践に(同じではないが)きわめて近いということ。そして、このアプローチが最もシンプルで学習しやすく、臨床心理学の「小難しい」基礎知識がまったく不要である(黒沢、突如乱入:マァ、「小難しい」だなんて、私のように純情な人間には言えない台詞ね。「裾野が広い」とか、せいぜい「難解な」でしょ? それから「観念的な」とか、「独善的な」とか……アレッ?)ことが二つ目。だから 、臨床心理学の専門家(あるいはそれをめざす人)だけでなく、幅広く対人援助サービス職に就いておられるすべての方に(あるいは一般の方にも)有効であること。しかも、その単純さのわりには、かなりの(そして速やかな)効果が期待できることが三つ目。おまけに、このマニュアルに基づいてやった場合のいわゆる(クライエントたちへの)「副作用」が非常に少ないこと、これが四つ目。
 要するに、簡単で、効果・効率的で、安全で、これでやれば私たちとほとんど同じにできる(え? だれもそんなことは望んでないって? めざすのはもっと優れた臨床家?……失礼しました)という、とてもおいしいマニュアルだからです。
 ただ、いくらこれが「副作用」の少ないマニュアルだからといって、やはりマニュアルの持つ弊害というのはあります。それはおそらく、マニュアルにがんじがらめになり、自由さや臨機応変さ、あるいは自分らしさを失ってしまったときに最も強く出てくるでしょう。
 すなわち「マニュアル・センタード(中心)」になってしまったときです。
 大事なことは、いつの時代でも「クライエント(来談者)・センタード(中心)」です。そして、特に「第T部 解決志向ブリーフセラピーの基本的な考え方・哲学」の部分で 述べられていることが重要なのであって、いわゆる「マニュアル」部分は、身についた後には速やかに破棄されてもいいくらいです。単にマニュアルだけをなぞっているのは、「仏作って、魂入れず」であって、やはり大事なのは「魂」でしょう。
 (再び黒沢乱入)私は恩師・霜山徳爾先生から、「心理臨床にマニュアルはない」と教わりました。「魂」を忘れることの弊害を常に戒められており、また「目の前の患者さんから虚心に学びなさい」、「自分の心理療法のスタイルをつくりなさい」と叱咤激励されたものです。この厳しい指導は、今も私の支えになっています(「私だってミルトン・エリクソンからそう教えられたも〜ん」と森。「何言ってんの。森さんがエリクソンを知ったとき、彼はもう亡くなっていたじゃない。それを、いつも会ってきたように言うんだから、本当にもう。嘘と知ったかぶりは、詐欺師の始まり!」と黒沢、長いツッコミ)。
 ……オホン、ええ、さて、もうひとつお断りしておかなくてはならないことがあります。ここで紹介しているマニュアルは、アメリカ・ミルウォーキーのBFTC  (Brief Family Therapy Center)において開発されたものですが、私たちは本家本元に出向いて、直 接彼らから体系的に教わったわけではないのです。いろんなところで、いろんな人たち (その中にはもちろん本家本元のスティーブやインスーも含まれていますが)から見聞きしたことを、自分たちの実践に照らし合わせつつ、自分たちなりに理解しているわけで、それがここに述べられているのです。私たちの理解は、本家本元の考えとそんなに大きくはズレていないと思いますが、それでも小さなズレはきっと存在することでしょう。そのあたりが気になる方は、彼ら自身が書いたものや、あるいは直接彼らにあたってみられる (幸い、彼らは毎年のように日本に来てくれています)ことをお勧めします。
 ここには私たち自身の考えや方法が、ふんだんに盛り込まれています。私たちが研修会をやるときは、原本を忠実に翻訳して伝えることよりも、私たち自身の感覚に忠実であること、そして日本の援助者の方々に明日から使えるものを提供することのほうを優先させています。したがって、もしかしたら、本家本元のものとここで述べられているものは別物だと考えられたほうが、本当はいいのかもしれません。
 もうひとつだけ本書を読まれる際の注意点。ここには「SFA(Solution-Focused Approach)」という言葉と、「解決志向ブリーフセラピー」、そして「ブリーフセラピー」 という言葉が混在して出てきます。読者の方々はもしかしたら少々混乱されるかもしれませんが、一応私たちとしては使い分けているつもりです。「SFA」が最も狭い概念、それを取り囲むように「解決志向ブリーフセラピー」があって、もっとずっと広い概念として「ブリーフセラピー」があると理解していただければ結構です。
 お待たせしました。では、いよいよ開演です。この二日間の研修の内容が、皆様の「明日から」の援助実践に少しでもお役に立つことを祈りつつ、幕を開けましょう……。

 平成一四年一月
                                森 俊夫
                                黒沢 幸子

この本の紹介画面に戻る

書籍の一覧に戻る