先生のための やさしいブリーフセラピー 読めば面接が楽しくなる

 おわりに

 お読みいただいておわかりのように、「ブリーフセラピー」などと言っても、全然特別なことではないわけです。一部には、ブリーフセラピーに対して、それは何かトリッキーな介入をするもの、クライエントに対し侵入的で操作的なやり方をするものというイメージをお持ちのかたもいらっしゃるようです。でも全然そうじゃないでしょ? 実際、私と黒沢幸子先生はたくさんのワークショップや研修会を開いていて、その中で面接のデモンストレーションを行なっているわけですが、そこでの参加者の多くは、「ブリーフセラピーって、なんかもっとすごいことが行なわれるのかと思っていたんですけど、意外と普通なんですね」あるいは「驚くほど日常的な感覚だ」という感想を持たれます。
 そして、私なんかは「解決志向ブリーフセラピー」は、クライエント中心療法よりもさらにクライエント中心だと本気で思っているほどです。クライエントはすべて、自分をより良い方向に持っていく能力・リソースを持っている。クライエント自身が自分の問題解決のエキスパート(専門家)である。セラピストの役割はクライエントが本来持っている能力・リソースを、クライエント自身が引き出して使えるように援助するだけである、という解決志向ブリーフセラピーの考え方は、ロジャースの「すべての人は実現傾向を持っている」という考えとまったく同じです。そしてそのことは、ロジャース自身が語っているのです。ロジャースはある国際会議の中で、ブリーフセラピーの源流であるミルトン・H・エリクソンと精神分析のある著名な理論家の名前を挙げて、「私の考えとエリクソンの考えは同じであるが、精神分析の彼とはまったく違う」と言ったのです。
 この本を読んで、「これって当たり前じゃない?」と感じられ、「こんなことは言われなくとも自分はやっている」と思われたかたは最高の読者であり、そしてそのかたは実際に優れた臨床・教育・援助の実践家であるはずです。基本的にはここに書かれていることに納得でき、それでも「ああ、こういうやり方もあるんだ」「これはちょっと盗ませてもらおう」と思われた読者は、もうすでに非常に優れた臨床・教育・援助の実践家でありながら、それでもまださらなる飛躍が期待できる、私などからすれば「雲上人」となられる御方です。
 この本を読んで、「目から鱗が落ちた」方は、おそらく今まで心理療法やカウンセリングに関する理論的勉強をしすぎたかたでしょう。理論の勉強はしすぎるとよくありません。われわれは理論からではなく、自らの実践の中から学ぶのです。あまりにあるひとつの理論を学ぶと、その理論にとらわれてしまい、実践の中から学ぶことができなくなってしまいます。ここで言っていることは理論ではなく、実践の中で役に立つことをいくつか抽出したものにすぎない、いわゆる「実践学」であるわけです。それでも「目から鱗が落ちた」のであれば、今までの理論の呪縛から逃れることができたわけですから、今後さらなる進展が期待できるでしょう。
 ここで述べられていることにいちいちカチンときて、「それは違う」と感じられたかたなどいらっしゃらないとは思いますが(だいたいそういうかたは、最初からこの本を手に取ることはないでしょう)、もしそういうかたがいらっしゃるとすれば、そのかたはもう完全にナンタラ理論に自らが乗っ取られており(カルト教団の教祖やその信者のように)、現実というものを受け入れることのできなくなったかたでしょう。もしそのかたが、現場の最前線で人々と交わっておられるのであれば、私ははっきりと即刻引退を勧告申し上げます。そのほうが人々のためです(大学教授なら、別に直接人々と関わっているわけではないので、お好きにどうぞ)。
 [強気だね、森さん!……アレッ? この声は確か黒沢幸子……オオ、コワッ! 勝手に侵入してくるんじゃない!]
 臨床心理学理論で言えば、ここで新しいことは、従来の「問題志向」から「解決志向」への転換があったということです。従来の臨床心理学モデルのほとんどは「問題」や「病理」(そして主にその原因)を扱っていたわけですが、解決志向アプローチではそこにはほとんど目を向けず、逆にクライエントの健康な部分、能力、リソースなどに着目していくわけです。これは臨床心理学全体におけるだけでなく、ブリーフセラピーの中でさえも大きな転換となったのです(ブリーフセラピー・モデルの中でも古いものは「問題志向」であった)。「解決志向」への視点の転換さえ行えれば、実践はすごくスムーズに展開されるでしょう(論文は書けないかもしれませんが)。これに関しては『月刊学校教育相談』連載の一年目の部分で、くどいくらいに書きました。もしよろしければ、バックナンバーを取り寄せてお読みください。
 また、本書によりブリーフセラピーに対して関心の深まったかたがいらっしゃれば、今では「解決志向ブリーフセラピー」に関してそれなりの数の本が出版されておりますので、ぜひ参考にしてください。そして実は、ほんの森出版から近日に、私と黒沢幸子の共著で解決志向ブリーフセラピーの本が出ますので、ぜひお買い求め頂けますようお願い申し上げます。
 本書が形をなすにあたっては、ほんの森出版の佐藤敏氏のご助言と小林敏史氏のお力がなくしては出来上がらなかったものであり、ここに心から御礼申し上げます。

                                   森 俊夫

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